地元のパン工場が外国人労働者を雇ったら、村人達が「仕事を奪われる」と反発…とある村で起きた“外国人排斥運動”

クリスティアン・ムンジウ(映画監督)

ルーマニアを代表するクリスティアン・ムンジウ監督は、常に、閉塞感溢れる社会で孤立する人々のドラマを描いてきた。最新作『ヨーロッパ新世紀』では、よそ者への警戒心が人々を分断する様をサスペンスフルに映し出す。発想のきっかけは、ある村で実際に起きた事件だという。

「2020年、ディトラウというハンガリー系の人々が多く住む村で、あるパン工場がスリランカ人の労働者を雇い、村人達と対立する事件が起きます。外国人労働者の参入に対する抗議の声が過激化し、やがて村全体で話し合いが行われたのですが、後日その話し合いの様子を撮影したビデオがネット上にアップされ国を巻き込む大問題に発展しました。映画は、この事件を基に、フィクションとして物語を作っていきました」

クリスティアン・ムンジウ監督

「私は本来主観的に物語を描くタイプですが、1人の視点を用いると時にそこからこぼれ落ちるものが出てきてしまう。この話の登場人物はみなジェンダーやルーツ、思想や話す言語まで、それぞれまったく異なる人々です。そういう人々の多様な意見を偏ることなく見せたいと、複数の視点を取り入れました」

圧巻はラスト近く、村での話し合いの場面。数種類の言語が入り混じり激しく議論を交わす様を固定カメラで17分間にわたって捉えた映像は、恐ろしくリアルだ。

「あの場面の撮影は、何度も試行錯誤を繰り返し、2日間かけて行いました。現場には俳優の他にエキストラの方々が大勢いましたが、私は彼らに、芝居の邪魔になるからと遠慮せず好きに声をあげてほしいと伝えました。音声は後で調整するから、実際にスピーチを聞いて考えたことを話し、ブーイングや拍手も自由にしてほしいと伝えたのです。おかげで俳優とエキストラ全員が一体となり、とても真実味のある場面になりました」

多民族が暮らす村で起きた外国人排斥運動。一見特殊な状況に見えるが、これは世界中どこでも起こりうる事態だ。

「私はこの作品の最初の上映会を、実際に事件が起きた村で行いました。でも決して当事者達を断罪したかったわけでも、彼らが特別罪深い人々だと考えているわけでもありません。歴史を振り返っても、人間にはイデオロギーの違う相手を敵とみなす風潮があり、それによって紛争や殺し合い、レイプや拷問が起きてしまう。その根っこには、支配欲や独占欲といった人間の持つ本質的な欲求があるのです」

この映画を通して監督が切実に伝えたかったこととは。

「私はみなさんに、鏡を覗くようにこの映画を見てほしい。何か恐ろしい事件が起きたとき、これは自分とは異質な人間が起こしたことだと考えるのではなく、自分を含め誰もが罪深い存在だと認める必要があるのです。

カンヌ国際映画祭で本作が上映されたとき、質問をしてきた記者の中に、自分は文明化された国に住む人間でここに描かれているのは未知の辺境の村で起きた特殊な出来事だ、という話し方をする人がいました。でもそんなはずはない。今、アメリカやフランス、イタリアを始め、次々に排他的な極右政党が台頭し支持を集めています。これは世界中に蔓延する現実なのです」

Cristian Mungiu/1968年、ルーマニア生まれ。2007年、『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。その後も同映画祭では『汚れなき祈り』が女優賞、脚本賞をW受賞、『エリザのために』で監督賞を受賞している。

 

INFORMATION

『ヨーロッパ新世紀』
10月14日公開
https://rmn.lespros.co.jp/